【政治の道を志した経緯と決意】




このままの社会でいいのだろうか?」今の率直な心境です。

時はさかのぼり、私は日本の高度成長期の昭和39年1月宇多津町に生まれ、小・中・高・大学と勉強とスポーツ(野球部)の両立を目指し、それなりに努力もし、将来の希望にあふれた学生生活でした。

大学時代から東京での生活となり、大学生活は遊びかアルバイトの生活でした。社会人になってからも、サラリーマン時代は、バブルの絶頂のおかげで、仕事量が多く、平日のほぼ毎日を午前様の残業残業の生活を送っておりました。

3年目ぐらいから、このような生活は人間の生活ではないと思いはじめる日々でした。
これだけ働く覚悟なら、会社を設立してもやっていけるという変な根拠に基ずく自信が芽生えていました。

そこで、自由に自分を試すことが出来ると舞台として、一念発起し、学生時代からの夢であったIT会社を設立しました。それから、16年間、がむしゃらに経営に邁進しました。当初は、時代のニーズにマッチし、順調に推移したものの、昨今はリーマンショックの影響も追い討ちをかけ、非常に苦しい経営を余儀なくされております。

そんな状況の中、商工会青年部・青年会議所・PTA他さまざまな活動を通じて、「まちづくり」と「ひとづくり」にも大いに興味を抱き始めました。
活動を通じて、多くの同士を得たのも私の大きな財産です。

サラリーマンとして、経営者として、子育て中の親父として、日本の中の宇多津町に生まれたひとりの人間として、先人のおかげで、さまざまな恩恵を受けてきました。

昨年、父があの世へ旅立ちました。
人は、必ずいつか死にます
紛れもない事実です。
人生は1度しかないと痛切に感じました。

人生とは、先祖から自分、そして子孫へ襷(たすき)を繋ぐ駅伝のようなものと思いますが、
子供たちに引き継いでいく社会は、
このままの社会でいいのだろうか?
時代に合わなくなってきてるものが多くなってはいないだろうか?
希望の持てる笑顔あふれる社会を創らなくては・・・
そんな心境の毎日をここ数年送ってきました。

幕末、戦後に匹敵するほどの大きな時代の変革期である現在、我々世代の責任として、まだまだ未熟で微力ではありますが、少しでも宇多津町に、ひいては日本の「今」と「未来」に貢献したい

日本一「最幸の町」宇多津を創る!
~最幸の笑顔あふれる宇多津を目指して~

最高=地位や名誉や財産など、最も高いこと『競争の世界』
最幸幸福度が最も高いこと『共創の世界』

今の日本社会に必要なのは、最高から最幸への価値観の転換です。
(誤解して欲しくないですが、最幸に到達する過程での切磋琢磨という意味での競争は必要と考えます。つまり、他人を蹴落とすような競争ではなく、共に伸びていく(成長の)ための競争は必要と考えております。)

そんな想いを抱きながら「志高く」政治の道を志すことを決意しました

どうぞよろしくお願いします。

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